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02



02 私はここに来るために生まれた



私は家を出た

道筋の分からぬ道を歩き

ただ導かれるままに

足が向く方に歩いてきた

先はわからないし

過去ももう 思い出せない

ただ砂金のような


光の細かい反射光が視界に現れ

私を呼んだ


呼ばれたら 私は過去も未来も忘れて

追いかけるように歩いた


歩いた先にはまた道があり

私が一歩を出すごとに

道が作られるようだった

私があるかないと

私が歩く道は出現しない

歩きたいなら歩き出さなければ

砂金のきらめきも風に流され

見えないかなたに飛び去ってしまう

私がいつしかたどり着いたのは

砂と草の平野に ぽっかりとあった湖だった


湖畔にはキャラバンのような

家族のような

友人のような

恋人のような

私を知っている何人もの人たちが集まっていた

楽器を奏でる人もいたし

お茶を食事を

小さなかまどで作る人もいた

長椅子に寝そべり

年長のおじいは寝息を立てている


私はこの人の娘だったか

それとも他人だったのか

もうぼんやりとしか

覚えていない

血の繋がりの大切さも

だんだん風に吹かれる砂のように

私の中から吹き飛んで消えていっているようだ


忘れてしまう

忘れてしまう

これまで大切だったもの

握りしめていたもの

忘れてしまう

忘れてしまう

離したくなかったもの

私を覆っていたもの


長椅子のおじいに聞いても

きっと私の過去を充分に覚えていない

私だけが覚えていた

手のひらにぎゅっとしつこいほどに

爪の跡が何年も残るくらいに

握っていたものは

私が歩くごとに

風に消えてしまっていた

私が忘れてしまうと

この世界には

残らない


世界のあらゆることが記録されている書物にも

書いてあったはずが

風が吹くたびに

私が歩くごとに

1文字ずつ消えてしまっていたと

何年も経ってから

書庫の記録係が教えてくれた

厳密なものだと思っていたが

そんなこともあるらしい

過去を無くした私は

一体何者だろうか


未来は私が歩くごとに

作られているらしいが

これも本当かどうかは

私にはわからない

コントロールできるものではないし

教えてくれる人もいない

私にわかっているのは


あの湖のほとりで

家族だか

友人だか

恋人だかわからないような何人もの人たちが

今の私を知っていて

今 私を待っていて

そろそろ夕飯の時間になるということだけ

明日また目が覚めたら

何が起こるかなど

私には知るよしもない

ここには

砂地と

草と

湖と

キャラバンと

何人かの人がいるだけ

年長のおじいはいまにも天国に行ってしまいそうな顔で

かすかな寝息を立てているし

さっき隣で木を削っていた男は

お茶を飲みに火のそばへ行った

私の傍らには椅子と小さな机と

誰の子供かわからない赤ん坊が

籠に入って眠っている


私たちは家族だろうか

それとも一時だけ湖に立ち寄った

なもない人々だろうか

過去のない私には

それもはっきり言葉にはできない

ただ、今の私を知っている人が

私の周りにいるだけだ

私は赤ん坊を知っていて

赤ん坊も私を知っている

起きたら私は抱き上げて

名前を呼ぶだろう


「     」




その声でおじいが目を覚まし

おじいが私に声をかける


火のそばで薄い色の穀物を炊いていた

恰幅のいい女がスープの支度に取り掛かり

火と煙と湯気とが揺れている

女は自分の未来を知っているようだった

何か金色の砂つぶを

あたりいっぱいに蒔いて

今、自分がいる場所に

一瞬一瞬存在していることを

感謝しているようだった


そういえば

あれは

私だったかもしれない

歩いてきた

歩いて歩いて

みずうみにやってきたのは

過去の私で

いつの間にか

私は

恰幅のいい

火のそばで

金色の粉を蒔いていたんだった

そしたらいつの間にか

男たちが集まって

何処かの誰かが

赤ん坊を長椅子において行った

恰幅のいい女だったことを思い出したら

今度は足が歩き出そうとするのをやめた

私は今にいる

私は恰幅のいい女でいることを

とても好きだった

またいつか

歩き出そうとするかもしれない


でも今は

ここで火を焚く

私の周りに集まる人を

眺めているのが

好きだ

胸から溢れる金の粉が

炎の明るさを乱反射させながら

手や

脛や

頬に

うつるのを見て

おじいが何か言った

風が吹いて上手く聞き取れなかったが

おじいは私の姿に

いつか夢見ていた未来を見たようだった

今は火を囲み

家族とも

友人とも

恋人とも

はっきりとはわからないような人たちと

金の粉を蒔いている私が

同じみずうみのほとりにいて

夕飯を食べている

覚えていない過去は考えようがない

未来はおじいがつぶやいたが

風が吹いて聞こえなかった


今の火を見つめる皆の眼差しが

私の胸に溢れる金の粉をじっと見つめている


私は

それが

とても気持ちがよくて


いいな

思った



私の今に未来が生まれていく

そして全ては一瞬のうちに空気に溶けて

宇宙のみた幸福な夢の

結晶が私だと

目ぎゅっとつむり

涙をにじませる圧倒的な喜び

爆発しそうな歓喜が体から溢れて来た



砂地 湖 草

丈の長いワンピース


焚き火

血縁ではない人の集まり


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