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私は泣いている
私はこの体からせり上がってくる
涙をせき止めることができない
口を開いて
声をあげて
手を目元にかざして
わんわん泣いている
泣いていて
すごく
きもちがいい
あふれ出てくる涙が
どんどん水量を増して
太いホースで
シャワーを流しているよう
涙の中には
透明な水色に見えて
これまで味わって来た
感情がたくさんつまっている
選別できないドラマ
私の味わって来たドラマが
見えない粒になって
混ざっている
ジャバジャバと目から飛び出るままに
勢いよく噴水のように
とびだす涙
私一人で
思いきり
涙を噴出させる
健康的な感覚
どんどん出しつくして
やがて水量が治まって来たとき
緑の崖から流れてくる清流に
私は浮かんだ
涙を流しつくして
これまでのドラマを流しつくした私は
全身が
清々しく
空っぽになっていた
清流がさらさらと
私の体に入ってくるのが
わかる
さっき流していた涙とは
質量のちがう水
私の空の体に
流れ込み
川の流れとともに
私を海の方に
運んでいった
海に運ばれて
川よりも少し深い
波の下に下に進んでいくと
さっき私の体に触れていた
川の水よりも
旨味があって
味わい深くて
おいしい水が
体に流れてくるのがわかった
肌に触れるだけで
全身から
胸の内から
「おいしい」
「おいしい」
「ずっとこれを満たしていたい」
と声が聞こえてくるようだ
海の中の生きているものが
海の中に落としている
おいしいもの
肌触りでわかる
黄色く光る
生き物が感じている
生きている間の
「感じている」こと
海の水に含まれて
「感じていること」が
私の肌に触れて
おいしい心地に
させる
私の体は
どんどん下に進んで
海の底にある
岩の割れ目
深い深い地球の核を守る
海溝の端に
着いた
手をかけて覗き込むと
真っ暗な岩の割れ目に
私がたどっていけそうな
薄い灯りが見えて来た
ツイー
ツイー
と泳いで
私は黒い岩の間を通り抜けた
他の誰かだったら
怖がるかもしれない
暗くて狭い
先の見えない場所
そんな場所を
軽い気持ちで
苦もなく通れた私を
褒めた
私にとっては
当たり前の風景のひとつ
怖がることなんて
私にはなかった
そのまま黒い岩の最後の割れ目を
スイッと泳ぎ切ったら
思いがけず
角度がついて
海の浅いところから
陸上に躍り出てしまった
飛んで
降りた草地に
私は仰向けに
寝転んだ
空を見ながら
これまで肌で味わって来た
感覚や感情の
面白かったことを
思い出して
懐かしく笑った
そのまま少し眠ろうと
半分目をつむり
ごろりと横向きに
草地に体を預けた
この次は
どこにいくともわからずに
軽くあたたかな気持ちで
草の香りを嗅いだ
そうして
私の力が
体から
心から
すっかり抜けた頃
私が寝ている草が
体の大きさに切り取られ
私が寝たまま
草ごと
宙に浮かび
滑りだすように
空へ空へと
流されていった
私は眠ったまま
体の力がすっかり抜けて
私を包んだ草たちの小さな船で
私は宇宙に運ばれた
スヤスヤと眠る
軽い私は
草の船が運ばれるまま
スルスルと宇宙に流れていった
かろやかに
眠ったまま
スルスルと
宇宙を
流れていった
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