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私の行きたかった場所
古めかしいワンピースを脱いで
私は総レースの
新しい
それでいて体に
馴染む
ワンピースを
まとった
薄い水色とグレーの間の色
品と質の良さがわかる
生地のなめらかな張り
水色のシルクのベルトを通して
ひらりと裾を翻した
古い服は燃やして
跡形もなくしてしまおう
役割が終わったものを
残しておく寂しさは
私にはもう必要ないかな
軒先から
空をみて
太陽光線がちょうど目に入った時
不意に右手を
ぐいっと引っ張られた
引っ張られた方を向くと
気球のバルーンのような
風船のような
浮力のあるふくらみがあった
風船のふくらみの付け根には
紐が結ばれてあり
先にはきっかけるための
鉤型の道具がついていた
私の腕は
鉤型の吊るしに
ひっかけられて
いた
右腕をふわりと上に
持ち上げられると同時に
体が地面から
まずは10㎝ほど
離れた
宙に浮くのは初めてだったが
不思議と楽な気持ちになった
子供がはしゃぐような気持ちというよりも
重力から解放される安堵感が
私を脱力させる
そんな風に楽になった
10㎝は30㎝になり
風船のふくらみが風に吹かれると
30㎝は2mになり
だんだんと地面は私から遠のいて
全く隔たりのない
空中へ上っていった
雲を透かし
空を上っていく私は
風船が上るから空にいるのか
私が登りたいから空にいるのか
だんだんわからなくなってきた
最初は風船が私を引っ張ったが
今はこうして
宙にいることが
私のやりたかったことのような気がしていた
私は宙にのぼりたかったのか
重力から離れて
軽々しく
身一つで
ガイドされながら
ゆるゆると
のぼりたかったのか
胸の奥で
何かが
ほっ
と息をもらした
ほっ
ほっ
総レースのワンピースの胸元が
緩んで開いたように感じた
その瞬間に
私の体が
急にとんぼ返りをした
一瞬のことで
あっけにとられたが
気がついたら
くるるんと体が回転していた
熱いものを触って
反射的に手をひっっこめるような
冷たいものに触って飛び上がるような
頭が考える前に
体の方が反射的にする運動
くるんと回転した後に
びっくりした
これまで宙返りなんか
一回もやったことがなかったから
呆然としながら
私は
ゆらゆらと風船にひかれて
また少し
空の高ところに
上っていった
太陽の角度が
だんだんと傾き
3時半とか4時半とか
夕方の少し前あたりの空になってきた
かなり高度まで上がっていたが
私のいるところから
地上の景色が
細かいところまでよく
見ることができた
私はアッと驚いた
眼前に広がる風景は
平野や畑や小さな家たち
道や木々や湖畔
一度も行ったことがない
城壁のある建物
道をふちどる緑たちの
小さいきらめき
赤い屋根の家の
キュートな形
湖畔の照り返しが
シャンパンの泡のように
はじけている
高い高いところから
見ると
こんなに胸に迫ってくる
きれいなものだったなんて
この景色の手前の
今はもう木々に隠れて見えなくなってしまったところに
私は居たんだ
以前の私も
歩いて歩いて移動したら
今見ている景色に
たどり着いて居たのかもしれない
今は空からみているけど
景色の持つ力に
圧倒されて
私は雲のうえに横たわった
コロンと仰向けになって
太陽のひかりを
浴びた
しろく優しい色が
私の全身をなめるように流れ
私は体が
だんだん溶けて行った
こんなにすごいものを見たのだから
いま
ゆっくりと
味わわなくては
予想のできない
宙の道行きの最後に
私は太陽の白い色にとかされて
ゆっくりと目を閉じて
ワンピースの胸元で組んだ
手のひらに
安心の光が生まれてきているのを感じ
風船と雲に
ありがとうと
言った
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