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  • sunao

23



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私の行きたかった場所



古めかしいワンピースを脱いで

私は総レースの

新しい

それでいて体に

馴染む

ワンピースを

まとった


薄い水色とグレーの間の色

品と質の良さがわかる

生地のなめらかな張り

水色のシルクのベルトを通して

ひらりと裾を翻した


古い服は燃やして

跡形もなくしてしまおう

役割が終わったものを

残しておく寂しさは

私にはもう必要ないかな




軒先から

空をみて

太陽光線がちょうど目に入った時


不意に右手を

ぐいっと引っ張られた


引っ張られた方を向くと

気球のバルーンのような

風船のような

浮力のあるふくらみがあった


風船のふくらみの付け根には

紐が結ばれてあり

先にはきっかけるための

鉤型の道具がついていた


私の腕は

鉤型の吊るしに

ひっかけられて

いた


右腕をふわりと上に

持ち上げられると同時に

体が地面から

まずは10㎝ほど

離れた


宙に浮くのは初めてだったが

不思議と楽な気持ちになった


子供がはしゃぐような気持ちというよりも

重力から解放される安堵感が

私を脱力させる

そんな風に楽になった



10㎝は30㎝になり

風船のふくらみが風に吹かれると

30㎝は2mになり

だんだんと地面は私から遠のいて

全く隔たりのない

空中へ上っていった



雲を透かし

空を上っていく私は

風船が上るから空にいるのか

私が登りたいから空にいるのか

だんだんわからなくなってきた



最初は風船が私を引っ張ったが

今はこうして

宙にいることが

私のやりたかったことのような気がしていた


私は宙にのぼりたかったのか


重力から離れて


軽々しく

身一つで


ガイドされながら


ゆるゆると

のぼりたかったのか



胸の奥で

何かが


ほっ


と息をもらした



ほっ




ほっ




総レースのワンピースの胸元が

緩んで開いたように感じた




その瞬間に

私の体が

急にとんぼ返りをした


一瞬のことで

あっけにとられたが

気がついたら

くるるんと体が回転していた


熱いものを触って

反射的に手をひっっこめるような

冷たいものに触って飛び上がるような

頭が考える前に

体の方が反射的にする運動

くるんと回転した後に

びっくりした

これまで宙返りなんか

一回もやったことがなかったから


呆然としながら

私は

ゆらゆらと風船にひかれて

また少し

空の高ところに

上っていった






太陽の角度が

だんだんと傾き

3時半とか4時半とか

夕方の少し前あたりの空になってきた


かなり高度まで上がっていたが

私のいるところから

地上の景色が

細かいところまでよく

見ることができた


私はアッと驚いた


眼前に広がる風景は

平野や畑や小さな家たち

道や木々や湖畔

一度も行ったことがない

城壁のある建物

道をふちどる緑たちの

小さいきらめき


赤い屋根の家の

キュートな形


湖畔の照り返しが

シャンパンの泡のように

はじけている


高い高いところから

見ると

こんなに胸に迫ってくる

きれいなものだったなんて



この景色の手前の

今はもう木々に隠れて見えなくなってしまったところに

私は居たんだ


以前の私も

歩いて歩いて移動したら

今見ている景色に

たどり着いて居たのかもしれない

今は空からみているけど



景色の持つ力に

圧倒されて

私は雲のうえに横たわった


コロンと仰向けになって

太陽のひかりを

浴びた


しろく優しい色が

私の全身をなめるように流れ

私は体が

だんだん溶けて行った



こんなにすごいものを見たのだから


いま

ゆっくりと


味わわなくては


予想のできない

宙の道行きの最後に

私は太陽の白い色にとかされて

ゆっくりと目を閉じて


ワンピースの胸元で組んだ

手のひらに

安心の光が生まれてきているのを感じ


風船と雲に


ありがとうと

言った








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