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私は観察した
春の空気が里に広がり
山の様相は
玄から若萌黄へ
見えなかった木々のエネルギーが
目に見えるようになり
薄く開いた花の蕾が
あちこちにほころんでいた
私は小さな庵の
縁側に腰掛けて
足を横に並べていた
昼を過ぎて
穏やかな風が吹いている
庵の縁側は
広く開け放たれ
ならした地面に白く乾いた土が
日の光にさらされている
その先には若竹の林がある
さわやかな風に葉がさらさらとなびいている
私はふと手を止めて
土の庭の右手の隅の方にある
水汲みポンプに目をやった
昔から
必要な水は
このポンプを押して
組み上げていた
年代物の金属製だ
先ほどまで使っていたのか
清水を浴びて濡れている
蛇口の先から
滴る雫を
見るともなしに
見ていた
ひとつ
丸く膨らんだ水の玉が
今にも落ちていきそうに
ふるえている
私はその雫を見ているうちに
だんだんと
体が殻で
心が中身で
殻から少し自由になったような
不思議な楽さを感じていた
雫は今にも
落ちそうに
ふるえている
その水の粒を眺めていると
私はその粒の中に
シャボン玉の表面に見えるような
虹色の模様がくるくると
動いているのが
分かった
それが分かった時に
私は水の粒を
離れた距離から見ているのに
まるで目の前で
イリュージョンが始まるような
目をそらすことができない
状態になった
にじの模様が
ジワリと動いていた
もやもやとしていたその形は
目こらすと
だんだんと
胎児のように丸まっていった
ぎゅっと結ばれた手
大きな頭
丸めた背中に
小さい手足
人が生きている時間の最初にある形が
私の目に見えた
またにじの模様はぼやけ
地図のような動物のような
判然としない色の混ざり合いになった
私は目を離さず
にじの模様を
見ていた
小さな点を
じっと見ていた
そうしたら突然に
私の見ている虹色は
生き物の歴史の情報が詰まった
エネルギーのコードだと
気が付いた
びっくりして
目をパチパチと瞬いた
また眺めると
今度は見ている私の目が
虹色のコードから
ひとつひとつ
地球に命が誕生し
育ってきた過程の情報が
読みとっていた
目から私の脳へ
情報がデータバンクの中へ
取り込まれるように
細かく膨大な情報が
私の頭脳に入ってきた
私には知りたいというモチベーションはなかったが
目から読みとった情報から
ひとつの生き物が
最初の細胞分裂からどんどん成長し
種目ごとに数が増えていく様子を
ダイレクトに感じたので
その地球上にたくましく生きるダイナミックさや
小さい小さい細胞の精密な造形に
圧倒された
このように果てしない成長を
繰り返して
生きている地球上の生き物の情報が
小さな水の中に
すべてつまっている
ぎゅっと
胸が苦しくなるほど
私はそのことに
感じ入った
こんなにすごいものを
私は知ってしまった
と
そこへ
パラリと
一雫、庭先へ
雨がおちた
あ、と
声を出した瞬間に
ザーザー雨が降り出して
周りの景色が見えなくなった
私は感じ入っていたところに
また、情報のつまった水が
あんまりにも大量に
降ってきたので
庭先に躍り出て
降り注ぐ雨に
体を預けるように
濡れた
私の体を
生き物の叡智が
流れている
この一粒ひとつぶに
収まっている
凄まじい叡智
私は今まで
こんなにも価値のあるものと
一緒にいたのか
こんなに与えられていたのだ
雨が止むまで
私はその恩恵の大きさに
身体中が
「許された」気持ちでいっぱいになり
庭にしゃがんで
ひとつぶ涙を
こぼした
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