top of page
検索
  • sunao

33

更新日:2020年8月11日



33




私は待っていた


ココナッツの実を一つ

片手に持って

私は長い階段を登っていた


階段は石でできていて

古びた青っぽい色をしている

裸足で歩く私は

この階段の他に

歩く道がないし

振り返っても

階段以外に見えるものはない


この細い幅の段を一段ずつ登りながら

私は

雨が降りそうな雲や

風が吹く寒々しい感触に

この薄暗い世界から抜け出せないような気がしていた


だいぶ階段を上ったところで

私は階段の終わりが見えるところまで

歩いてきたことがわかった


段を登りはじ目た時には

全体が見えなかったから

わからなかったけど

登るにつれて

ジェットコースターが上昇するときのように

高度が上がり


頂上まで来た時に

一番てっぺんの数段先で

雲の隙間から

明るく晴れやかな光が

いく筋も

降りて来ているのが見えた


天辺に来るまで

階段を上った先の景色を想像もせず

足元を見ながら進んで来たが


ここに来て

私には

空からの光の出現と呼応した

希望のようなイメージが

胸の内に湧いてきていた


私が上って来た階段は

まちがっていなかった


この希望に気がつくために

自分で決めて登ってきたのだった


流線型の美しいロケットのような形をした

階段の終わりに来て

私は最後の一段をのぼった

そして

本当の天辺に両足で立った



私はその時

この世の喜びを全て集めたかのような

命がぎっしりとみなぎって

生い繁り

緑の木々が溢れる平野に

空の光が

あらゆるところに降り注いでいる光景を

見た


歓喜と涙が体の表面をにじませ

手に持ったココナッツを

あやうく落っことしそうになった


硬く甘い香りの実を

両手で心臓の前に握り

あらゆる自然現象の中でも

一番幸福な姿を

自分が目にしていることを


かみさまがいるなら

感動の言葉を身体中から叫んで伝えたいと思った


私がこの素晴らしい景色をに

やってこれたことは

私の未来予測には

全くなく

予想外の幸せな雷に打たれて

しゃがみこみ

震えた



私が来た道は

まちがっていなかった


それを

私の体から溢れる感動が

証明している



階段の最後の方で見つけた

空からの明るい光を


心がほころぶ瞬間を


私はちゃんと自分で感じたのだから





高い高い階段は

反対側に降りる道は作られてはいない


作られていたのは

のぼって来た暗い空の側の段だけ



私は天辺に立って

今、明るい方の空を向き

自分がこの嬉しい気持ちでいること

そして

先を歩く道が

今は見えないこと

自分の見ている光景は

この世で出会えるとは思ってもいなかった

豊かさをぎゅうぎゅうに集めたもの

そのことを胸の内で反芻していた



私は暗い階段の方へ向き直って

再び降りて、平地の側から

明るい空の下の景色へ迂回して進むことを考えたが

今のこの気持ちを持っていれば

先程までの暗い階段を降りることは

なんでもないことのように思えた


私は自分の幸せを

ちゃんと知っているし

心もこんなに喜んでいる



だから暗い階段へ降りることは

少しの我慢に戻るだけのことのように

思えた









目の端に

白い影が動くのが見えた

階段の方へ向いていた私は

くるりと体を返して

影を捉えた



それはコウノトリに似た

白く長い足の鳥たちだった


4、5羽の白い鳥たち

その姿を目視した瞬間


私の体は

階段の天辺から飛び降り

緑の平野の方へ

落っこちていた


平野へ山肌を背後に

急降下する私


驚くほど早く落ちていく



頭が考えるより先に

体が私を動かした


そして

白い鳥が飛ぶ上へ

心が私を移動させ


私は真ん中にいた

コウノトリの背に乗ることができた



突然に私が飛び乗ったのに

コウノトリは平然として

驚くそぶりさえ見せない


(時々だれかに飛び乗られて慣れているのだろうか)



緑の平野の上空を

コウノトリの背に乗った私は

そのまましばらく飛んでから

地面に降り立った


コウノトリは私に興味もなさそうで

仲間と水辺で憩いに

さっさと森の方へ行ってしまった




手に持ったココナツの実は

まだちゃんと手にあった

私は前方に

砂浜があるのが見えたので

少し歩いて

草をかき分け

やがて海にでた


そして砂浜に座り

ココヤシの実に頬ずりして

今自分が

ここにいることを

ココヤシに安堵の気持ちとともに

伝えた


耳をすませると

丸いココヤシの実は

小さい声で

初めて私に

話しかけた





「今あなたがここにいて

私も嬉しいよ




階段を上っている間も

落っこちた時も

コウノトリに乗った時も

いつも一緒にいたんだよ



そろそろ私の殻を割って

中の身を出してね」



私はそう言われたことに

少し驚きながら

近くにあった石で

ココヤシの周りのからを

コツコツ割った


そしてぱかっと筋が割れた時に


自分が今まで見て来た色の中で


一番白くて


一番明るい色が


ココナツの中から溢れているのを見た


私はその色を見た時に

なぜか胸がいっぱいになって

両手の中にある

真っ白な

甘い香りの実を

初めてあった

いとしいものもように

柔らかいまなざしで

じっと見つめ




幸せとは


こうゆう風に味わうのだなと


初めて知ることができた







Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page