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私は分からなくなる
淡雪のカーテンを開いて
私は外の宵の空気を
見た
その時の庭には
白樺の木が生えていて
紺に染まる空と
木肌の白くはっきりした色の
コントラストが胸をスッとさせてくれた
私はまた
傍のベットに
仰向けに倒れこみ
とろりと柔らかなシーツに
体が沈むのを心地よく感じていた
淡雪は
私にとってとても大切な
物事の基準
手に乗せれば
人肌で
はかなく融けてしまう
薄く向こうが透けるような
細かいレースの重なり
輪郭のやわやわとした印象
冷えた空気が空の上のほうで
この小さく柔らかな
融けるレースを作っている
こまやかな柔らかいものだけが持つ
この儚いエネルギー
それでいて
ダイナミックな星の運行から
生み出されている重要なもの
物と物との距離感が
この淡雪の感覚で捉えられたら
私はこの上なく
幸せなまどろみを
感じられる
融けてしまうことがさみしいとは思わない
融けてしまうのは
少しつまらないこと
私が一番
体をときめかせ
うっとりとしたスープになれるのは
あの白く繊細なレースを使って
生きている時だけなのだ
はかなく生まれた
空の隙間に
私はスッと入り込んで
雲の中から
淡雪が降るのを
音を使わずに
じっと眺めていた
声も出ないくらい
すばらしいものだと感じた
白く透明な手を
顔や体に滑らせて
私はうっとりと
その感覚を味わった
私は広い広い空気の中に
淡雪がひらと降る様子を眺め
そして同時に
私自身が
空から降る
白く小さな
喜びの折り重なった
融けるレース
だった
全ての成分が水
私は見るもの
私は降るもの
私は喜ぶもの
私は味わうもの
水の精
淡雪
淡雪を見ているわたし
うっとりしているわたし
水の循環に
全てのわたしがいる
一番の魅力的な
体の輪郭がなくなりそうな
うつくしいポイントを
見逃さないように
この循環の中で
わたしは
生きている
そういう風に
わたしが選んだのだ
だから
これは
自分が自分に用意した
一番
うつくしい
贈り物
そういう風に
わたしが選んだのだ
ベットに倒れこんだわたしには
わたしを見ていてくれる家人がいる
人の体温で
わたしを溶かしてくれる
暖かさと
冷えた時間を
行ったり来たりして
わたしはこの生きている時間を
使っている
わたしを見ていてくれる
家人の眼差しはやさしい
あまり多くの人には
触れられないこの
淡雪の楽しみを生きているわたしを
受け入れてくれている
だからわたしは
また安心して
冷たくうつくしいレースの模様に
うっとりとしなだれて
この時間の中にいる
大気圏の外側で
わたしはこのうっとりする心地を
たくさん体験したいと
願った
そのひんやりした感覚や
ほっと溜息をつく感動や
うつくしい模様や
色々な星の条件が重ならないと
生み出されない希少さや
儚い喜びそのものを
わたしは
体の芯から
それに触れて
味わって
しあわせを流し込みたいと
願った
大気圏の外で
わたしが願ったことは
空にいるわたしに拾われ
感化した雲の中のわたしが
手のひらをふっと吹いて
淡雪を散らし
窓を見ているわたしが
その降りゆく様を見つめて
大気圏の外に出たような心地を
味わっていた
家人に優しく抱かれながら
わたしはこの
淡雪の楽しみを
いつまでも繰り返し
飽きることなく
味わって
最後の時には
いつか
先の方で
わたしを抱く家人の温度に
融かされて
水になり
肌に吸い込まれよう
そうして消えるまで
ずっとこの
淡雪の降る眺めを
わたしの世界の
基準にすることを
循環する場所にいる
全てのわたしに
誓った
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