top of page
検索
  • sunao

44





44


わたしは旅に出た



航海技術が発達した頃に

初めてできた大きな木の船

船底が二重になっていて

甲板から下に降りたフロアは

窓が開けられるようになっている


肘を窓の枠について

わたしは外を見た


深海の様子はわからないが


陽が出て青い海の色が

今日はよく見通せる



わたしの意識は

海を眺めながら

いつの間にか


海から船を眺めている方に切り替わり


ミネラルを含んだ水が

わたしの体を通過して

方々に流れていくのを感じていた


波のある海の表面で

じっと船を見ていることは

自然なことじゃない


波があちこちに

わたしを押しながそうとする



わたしは頭から

海に潜り直した



わたしのそばには

イルカがいて

わたしを見るなり

口をぱかっと開けた



わたしは抵抗もなく

イルカの歯や口腔に噛まれるまま

あっという間に食べられ

飲み込まれた


噛まれ始めたところで

わたしの意識はパッと消え


今度はわたしを食べたイルカの視界が

わたしの見ている世界になった


肌に触れる

波の抵抗感が

先ほどよりも滑らかだ

触れる側から

ツルツルと

スルスルと

体を洗っていくようで

人間の時以上に

気持ちがいいものだった


筋肉の動きや

尾ひれの動きで

わたしは波の間を

ツルツルと滑り

青い海のすき間、

イルカのわたしにしか見えない海の道を進んだ



少し離れたところには

濃い茶色の岩が

ザクザクと集まっている

岩があった


わたしはつるつると

海のすき間を進みながら

飛び上がった大きな波しぶきに

タイミングを合わせて


ザクザクとした岩肌に

この身を預けるように

飛んで

打ち付けた


そして

またパッと意識が切り替わった



今度は岩肌に生えている

ふかい緑色に茂った苔たちだった


ここでわたしは

たくさんの数に分かれ

岩のあちこちについている

それぞれの苔の視界から

下に広がる海や

波しぶきや

空との境目を

見た


波がジャバンジャバンと

わたしに被さり

わたしを栄養の水で濡らしていく


ジャバンジャバンと水を被り

何度目かの時に

わたしはたくさんのわたしに分かれた視界のまま

海の中に

勢いよく潜っていった


たくさんの視界が同じような方向を向いて


海の底を目指して

スイスイと水を進んでいく


10以上、20以上ある

わたしの視界が

いっぺんに

海の底を目指した


水を透かす日の光は

初めのうちは

視界を広く明るくしていたが

進むうちに

だんだんたくさんのわたしの視界は

狭い焦点を絞って

下に向けて

定まっていった



そして海の中間層を超えたあたりで


だんだんと海の底に近づいてきたあたりで


またぼんわりと

明るいような

ひらけたような視界になった


海面に近い層の明るさよりも

ここでは

輪郭線がはっきりしないように見えていたが

わたしはちゃんと海の底についたことがわかった


今は水の泡になっているわたしの意識は

人間の時よりも

イルカの時よりも

岩の苔の時よりも

細かく

たくさんで

全方位を見たり感じたりすることができていた


海の底にいながら

わたしは視界の全部で

わたしが生きていることを

観察し

その間中ずっと

嬉しくて楽しくて

ワクワクするような

ウキウキするような

泡のはじけたような


そんな気分だった


この後もっと細かく広がって

分かれて増えていくわたしは

海流に運ばれ

流れて

色々な場所に

わたしの分かれ身を届ける


どこにいっても

水の泡の表面から

わたしの分かれ身に気が付いて

そしていつか

全部がわたし自身になり

大きな大きな一つのわたしになる



細かく細かく分かれて

全てがわたしになった時

何を見ても

何に触れても

それはわたしの分かれ身だと気がついて

全部が自分の一部だと

思い返す



パッと意識が切り替わって

今度は

何にうつるか


わたしはまだ決めていない


それは


大きなわたしになってから


わたしが決める


とっておきの


お楽しみなのだ




Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page