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濃紺の
うつくしい織物がどこまでも広がっている
わたしは頬を埋めたいような
うれしい気持ちで
紺に寄り添っていた
わたしの魂に
じかに触れるこの
織物の感触
目で見える全ての場所に
北極で見る夜空のような
うつくしい青が広がっていた
織物は糸の重なりのところに
小さな小さな隙間がある
まるで
小さな小さな星が
いくつもかさなりあって
織物に折りたたまれているようだった
わたしの見ている濃紺の
上の方を
一羽
鶴が飛んでいった
右から
左へ
横切るように
スイーっと
わたしの視界の上の方を
飛んでいった
わたしはその
はっきりしたコントラストに
鮮やかさと
落ち着きと
とてもいい組み合わせで良さを感じて
だんだんと胸が落ち着いていった
深く青く星を包むものと
自律したうつくしい赤と白のいきものは
わたしの心の輪郭を
はっきりと際立たせてくれる
わたしは
すうっと
キリリと
自分が引き締まっていくのを感じた
そして自分の仕事を始めるべく
濃紺の織物の中から出て
大きな大きな腕を広げ
大きな大きな手を伸ばし
大きな大きな指と手のひらで
濃紺の織物を
持ち上げて
深く青い世界を
袋のようにして包んだ
その時あたりはとても静かだった
なんの音もなく
何も動かない
一番静かな状態だった
と同時に
一番大きな音がそこには響き渡っていた
静と動のどちらもが
そこにあって
わたしはそれらが
ちょうどよく釣り合うポイントで
濃紺の織物を広げなおした
一番静かな時に
何かをすると
一番大きく音が響く
わたしは
わたしの宇宙に
一番大きな振動を
響かせた
そうして
響かせて
震わせて
伝わらせて
届けて
一番大きな振動が
わたしの宇宙を徹底的に震わせて
わたしの宇宙にあった
チリ ほこり ごみ その他 必要のなくなったものたちを
すっかり外に出した
そうした行為に
損得勘定はまるでなかった
ただ必要と思えることを
淡々とやった
わたしの仕事は
そんな風に進められた
一番深いところに響くように
繰り返し大きな振動を
響かせ
何度やっても
ピタリと良い具合に
チリやゴミが
スッキリ落ちて
大きくて深い濃紺の世界が
ただ美しくあるように
整えた
わたしの整えが
きちんと終わると
またどこからともなく
鶴がやってきて
この濃紺の宇宙が
鶴が飛ぶにふさわしい
厳かで
うつくしく
澄んだ場所であることを
教えてくれた
わたしはわたしの可愛らしい手慰みも
愛していたが
この濃紺の宇宙を扱う仕事は
それとははっきりと違う
それはわたしにとって
魂が震えるほど
大切な仕事だった
大切だからこそ
静かに静かに
間違いのないように手を動かし
作為のない自然現象としての鶴の登場で
宇宙の均衡が保たれているのを確認した
自分で計測するのではなく
宇宙が知らしめてくれる
鶴という自然現象が
1番の証左だった
わたしは
きちんと
自分の行いが
宇宙に届いていることを確認すると
安心して
また濃紺の世界を
広げる
なんどもなんども
このうつくしい織物を
わたしの手で
広げる
わたしは
魂をじかに撫でられるような心地の
この仕事を
愛している
織物と
星と
鶴と
魂の震えと
わたしで出来上がっているこの仕事を
とても愛している
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