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わたしは
鹿の角の先に
宿った一粒の光
小さく軽く
はかなく
希望を望んでいる光
鹿の角の先に宿りながら
わたしはわたしが見たいと望んでいた
希望の光景を探していた
鹿はしなやかな筋肉と
質の良い毛並みと
先のことを嗅ぎ分ける鼻を持っていたので
その角に留まっていることは
いいことだろうと思っていた
しかし
わたしは
鹿と話すすべを持たなかった
だから
わたしよりも先について詳しそうな
鹿の道行きに
くっついて
あちらかな
こちらかなと
景色を眺めていた
わたしはわたしの望みを
鹿に伝えられなかったので
希望の光景へ鹿がたどり着いてくれるまで
その瞬間を今か今かと待っていた
林を抜け
草むらを進んだ先で
さらに鹿が別の林へ進もうとするのを
わたしはなぜだか急に
止めたくなった
ここを通り過ぎてはいけない
そんな思いがわたしの光の中によぎった
鹿に先へと進んで欲しくなかったので
わたしは鹿の角の周りをくるりくるりと旋回して
鹿の行く手を遮ろうとした
わたしはまだ
ここにいたい
ここで何かを感じていたい
まだ進まないで
鹿は首をぶるるとふると
何も考えてはいない顔で
足元の草を食み始めた
わたしの意図とは
違う鹿の行動を見て
わたしは
自分の意図に気がついた
そして
自分の意図を
自分が光を放つことで
表現することを
初めてやろうと思った
そして
やろうと思った瞬間に
パチっと白い光を
瞬かせた
その時だった
わたしと鹿がいる場所の
左側に
大きな空間の裂け目が
横にまっすぐ走った
そしてどこからともなく
巨大な手が二つ現れて
空間の裂け目を
上と下に
ぐいっと引っ張って
開いた
わたしは
喜びのあまり
瞬きを繰り返した
大きな手が
開いた空間の先には
わたしが恋い焦がれていた
希望の光景が
豊かな気配に満ちて
広がっていたからだ
わたしは鹿が連れていってくれるものと思っていたが
全く予想は裏切られ
自分が瞬くことで
奇跡が起こったのだ
と理解した
その景色は
オレンジの夕焼けが
大地を染め
濃い緑の木々や植物たちが生き生きと繁っている
生命力にあふれた世界だった
そこには
自尊心と
価値を肯定することと
豊かさを愛する心があった
その景色を見るだけで
儚かった
わたしの光は
元気になり
今までの100倍ほどの大きさに増えた
わたしは活力とともに
とても元気な光になった
ああ
わたしは元気だ
こんなにあかあかと
光っている
こんなににこやかに
明るく
自分が嬉しいから
という理由で
光を
あふれさせている
わたしは自分が元気に満ちて
いることや
希望の景色を見ていることが
とても嬉しかった
わたしには
巨大な手が出てきた仕組みは
わからない
その手が空間を切り開いてくれたことも
なぜだかはわからない
だけど
そのことを
喜ぶことは
とても上手にできた
うれしい
がわたしの中で
光をあふれさせていた
わたしはたくさん輝いたまま
その裂け目に近づき
巨大な手に促されるまま
ゆっくりと空間の裂け目から
オレンジの夕日の景色の中に
入っていった
中に入りきってから
一度鹿の方を振り返ったら
鹿はなんということもない顔をして
わたしを見やってから
林の方に歩いていった
わたしは鹿への感謝を心でとなえてから
オレンジの夕陽の空気に
すうっと溶け込み
自分がこの生命力を放つ世界に
細かいたくさんの光として
散りばめられ
寄り添っていった
細かい粒子に還元されながら
わたしは
わたしが
世界の溶けて
命の循環に寄り添っていることを
とても
うれしく思った
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