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わたしは大きな岩の塊の中にいた
その中にいることは
おおきなものと一体化するような作業で
とても価値のあることだった
じっくりと自分の体を岩に繋ぎ合わせて行く作業は
わたしに深い実感を与えた
つながりというのは
重みやじっくりと詰まった感覚
厳密なもの
そうして過ごしていた
ある時わたしの体を境に
岩が二つに割れた
わたしは岩に比べて
素材が柔らかいので
どうもその点が裂け目になったようだった
二つに割れた岩の中からわたしは出てきて
岩が置かれてあった
道の上に降り立った
岩から外れたわたしは
柔らかでふにゃりとした体だった
柔らかいので
体を縦にしていることができずに
ふにゃりとしたまま
道に両手をついた
わたしはわたしの体を支えるだけの力はなく
道があったおかげで
わたしはこの場所にいられていた
わたしは岩の中で
たくさんの知識に埋もれていた
そして岩につながりながら
わたし自身に
たくさんの知識を入れていた
道の上に
おりた時
わたしの体は硬さをなくしていたが
わたしに入れた知識は
変わらずそこにあった
わたしの中には
知識が残っていた
仏のことを学んでいた時期に吸収したものが
わたしの体に馴染み
体系化された知識は柔らかなわたしの
体の中に
広がってそこにあった
わたしがおりた道は
白と金色とが
細かに重なった
ゆるく曲がりながら
ずっと続いていた
わたしは知識が自分の中に
広がっていることを
思い出してから
体にすっと軸が立ち
直立できるようになっていた
岩の中で長い間座し
学んでいたことは
岩の中では活用できない
この柔らかな体で
先へ続く
白と金色の道を歩くときに
わたしを立ち上がらせ
前に進めてくれるものだったのか
自分の中に無造作でいて
秩序を保ち
やわやわと広がっている知識たちを
わたしは信頼し
道を歩き始めた
信頼することは
わたしが以前いた岩の中では
むしろ
「信じ込まされる」
に近い感覚だったが
わたしが感じている
わたしの知識への信頼は
「わたしはあなたたちを愛して頼ることを選んでいるよ」
というものだった
わたしと知識とは
柔らかいつながりの中にあった
わたしは自分の感覚に従って
柔らかさを感じながら
道を歩いた
わたしが歩くことを
わたしの体が満足するまで
進んだ
歩くことは
わたしの感覚を育て
わたしと知識との関係を豊かにし
わたしの体を安心させるものだった
長く歩いた
そして
いつしか道の終わりまで
わたしは歩いてきた
道の終わりには
放射状に光るワープホールが
煌々とあった
わたしは
この光る穴に入ったら
わたしがこれまでに携えてきたものとは
全て別れなければいけないことを
知っていた
穴の前で
立ち止まり
わたしは
思い巡らせていた
特に知識との別れは
信頼が深かったので
寂しく
自分が一人ぼっちになってしまうような心地だった
わたしは
先へ進まなくてはいけないことを
時間をかけて
自分の中に染み込ませていった
時間に別れを告げ
体に別れを告げ
最後に知識に別れを告げた
そして
一呼吸置いて
一気に光る穴の中へ
飛び込んだ
その瞬間
わたしは自分の体が
内と外がひっくり返ったように感じた
そして
自分の体が解体され
バラバラになり
細かく薄く
小さな光に
分けられていった
予想外だった
小さく分けられていったわたしは
なんと
光る穴に入る前に一緒にいた
知識の一つになっていた
例えば、
「捗る」
という言葉
その意味がわたしだった
それから
「豊か」
その意味がわたしだった
「休む」
という言葉も
「見つける」
という言葉も
そのほかそのほか
知識として保存されている
全ての言葉
文章
知識
その意味は全てわたしだった
わたしは
自分が
知識になって
静かに幸せの中にいると
わかった
もしかしたら
この知識の小さな光の粒のわたしは
岩にいた頃のわたしに
寄り添っていたかもしれない
あのとき
必死に掴もうとしていたのは
自分自身だったのかもしれない
わたしは
安心の中にいて
この世に広がっていくことを
自分に許した
小さな光の粒になり
どこまでも広がって
あらゆるものの知識になっていた
わたしは空間の中に
小さな光の粒になって
世界を包んでいた
全ての空気の中に
小さな光の粒のわたしがいる
それは
誰にも寄り添う
本当の知識だった
愛の一つの形態
それがわたし
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